2010年06月24日
慰霊の日が明けて
昨日の慰霊の日、菅総理は「対話のスタート」と沖縄訪問。
祈念公園での式典でいくら異例の挨拶したとはいえ、最初から日米合意という結論ありきで、「今日をスタートにして真摯に(対話を)していきたい」と言う神経が理解できません。
どなたかが「対話」と「討論」の違いを話合いの後に個々の意見が変化するのが「対話」で、変化しないのが「討論」というように粋に定義されていましたが、
菅さんのいう「対話」は「対話」とはいえないのでは?
ところで
沖縄での米軍・米兵による事件・事故は4年続いて年間1000件も起きているそうです。異常です。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/d3c7be051da1329d5f8340833a67e764
戦後75年。戦争体験者たちがどんどん鬼籍に入り、記憶は薄れ、書き換えられようとさえしています。でも、沖縄では基地がある限り戦争はまだ終わっていないといっていいんじゃないでしょうか。
ネイキッド・ロフトの6.22慰霊の日ライブは、沖縄に普通に暮らしていた人々が体験した戦争の記憶を生々しく再生し、その時間と空間軸を今の東京に重ね合わせることに成功しました。その意義は大きいです(今朝の朝日新聞にも紹介されていました。見てね)。










